東京高等裁判所 昭和33年(う)1627号 判決
被告人 桑原滋郎
〔抄 録〕
本件控訴の趣意は、弁護人大原信一提出の控訴趣意書に記載のとおりであるから、ここにこれを引用し、当裁判所は次のとおり判断する。
原判決の挙示する各証拠並びに当審における検証調書、証人高崎雅子、小島寿子及び鈴木建三の各尋問調書を綜合すれば、被告人は株式会社中村屋に雇われ、三輪貨物自動車の運転の業務に従事していた者であるところ、昭和三十二年一月二十九日午前七時三十分頃三輪貨物自動車第六も七一八七号を運転して東京都新宿区下落合三丁目方面から六号環状線方面に向つて進行し、同所四丁目千九百十一番地先西武電鉄中井駅前踏切に差し蒐つた際、同踏切の遮断機が閉鎖されたので、踏切前で道路の稍々左寄りに一時停車し、電車が通過して遮断機の上るのを待ち時速五粁乃至六粁で進発したが、当時恰も出勤時であつたため、被告人の操縦する三輪自動車の右側を二、三十人、左側をも数人の歩行者が同時に進行を始め踏切の中央辺に到るや、踏切の反対側から進行して来た多数の歩行者と遭遇して混雑を惹起し、被告人の三輪自動車の右側前方を進行していた沖七海(当時十六年)はそのため被告人操縦の三輪自動車の前面に押し出されるに至り、右足を踏み出し次に後になつた左足を踏み出そうとしてその踵が上り、爪先のみが地面についていた瞬間、被告人の操縦する三輪自動車の前輪がその爪先裏から土踏まずより稍々踵寄りまで乗り上げたため、同人に対し加療約二ケ月を要する左足蹠骨骨折の傷害を加えた事実を認めることができる。尤も証人沢田はまは原審及び当審において、沖七海が被告人操縦の三輪自動車の前面を左側から右側に横切ろうとして本川越方面行き線路の基本軌条と護輪軌条との間に左足を踏み込んで顛倒するのを目撃した旨を証言しているけれども、当審における検証調書によれば、同証人が沖七海の顛倒するのを見ていたと称する本件踏切の下落合三丁目側の東寄りから、本件三輪自動車を本件事故の発生した上り線と下り線との中間に、六号環状線方面に向けて置いて眺めると、右三輪自動車の前面を見通すことが困難であり、その前面における人の動静を見ることができないから、同証人の証言は到底措信することができない。そこで進んで前記認定のような場合に被告人に業務上の過失を認むべきか否かについて考察するに、電車の通過に際し、踏切の両側において歩行者が多数遮断機の上るのを待つて居り、遮断機の上ると同時に両側から一齊に進行を始め踏切上で入り乱れて混雑し、歩行者が進行中の三輪自動車の前面に押し出される状態になつた場合には、歩行者が三輪自動車の進行していることに気付いていたとしても、混雑のため自由にこれを避けることができず、殊に三輪自動車のように、その前車輪が車体から突き出している場合にはその車輪を歩行者に接触させる危険性が大であるから、三輪自動車の運転者たるものは自己の操縦する三輪自動車特にその前車輪と歩行者との間に常に相当の間隔を保ち、その間隔が少くなつたときは直ちに停車し相当の間隔のできるのを待つて再び発進する等前車輪を歩行者の足の上に乗り上げないように注意すべき業務上の義務があるものと謂うべく、唯単に徐行するとか、警音機を吹鳴するだけでは足りないものと謂わなければならない。本件の場合において、沖七海が他の歩行者に押されて、踏切の中央辺から次第に被告人操縦の三輪自動車の前面に押し出され、その前車輪との間隔が少くなつて来たのであるから、被告人は直ちに停車の措置を採るべきであつたのに拘らず、事ここに出でず、警音機を吹鳴し、減速したのみで漫然進行を続けたのは、接触の危険のあるときは歩行者において退避するものと軽信したもので、歩行者の行動の自由が混雑のため制限されていることを念頭におかなかつたものであり、この点において業務上の過失があり、そのため前述のように沖七海の左足裏に前車輪を乗り上げたのであるから、被告人は業務上の過失の罪責を免れることができず、右と同趣旨の原判決には事実の誤認はなく、所論は理由がない。
(滝沢 久永 八田)